4f8c8725[寄稿]「米国にも慰安婦博物館・アーカイブを作るという“願い”、引き継ぎます」
7/2(土) 9:14 ハンギョレ新聞

 昨年の春に急に亡くなった母の遺品を整理するため、しばらく韓国に帰国していた間に、また悲しい知らせを聞かなければならなかった。14年という長き年月、同志としてともに草の根運動をした先輩であるイ・ドンウさんが天国に召された。体調が良くないとの知らせを聞いていたので、米国に戻ったらフロリダ州タンパの自宅を伺おうとしていたが、間に合わなかった。中略

 イ・ドンウ初代会長の最初の使命は、慰安婦問題を米国社会に広く知らしめることだった。それも、影響力のある人々、日本政府に物言える地位にいる人々、すなわち、連邦議会議員や司法省と国務省などの官僚たちに、その歴史を知ってもらうということだった。草の根運動の方法として知られている手段、すなわち、連邦議会議員に出紙を出す、訪問する、フォーラムや展示を企画する、大規模なデモや集会を組織する、出版する、記者会見などを通じて、有権者として権利を行使しようと主導した。被害者女性たちを招待し、全米で巡回証言会を開き、インタビュービデオ、パンフレット、アーカイブ資料も作った。司法省のイライ・ローゼンバウム戦争犯罪調査代表は、挺隊委が提出した資料をもとに16人の日本人戦争犯罪者を指名し、米国への入国禁止令を出しもした。

 何よりも大きな成果は、2007年に米下院で「慰安婦決議案121号」が通過したことだ。慰安婦決議案は、1992年からの15年間の草の根運動の結果であり、挺隊委をはじめとする多くの人たちの努力が凝集した成果だった。その結実の最初の種をまいた人はイ・ドンウ初代会長だとあえて言いたい。もちろん、被害者女性たちの勇気と大きな決断が先であり、正義記憶連帯など韓国で慰安婦運動を始めた人たちもいた。

 今では米国を越えて国際社会に広がった慰安婦問題は、人権運動でありフェミニズム運動であり、何より、民主主義と平等な社会への願いから出た運動だ。米国で叫ばれた慰安婦運動の歴史は、新たな1ページを開き、多種多様な姿で激しく燃えている。それは誰かが始めたから可能だったのであり、新たなパラダイムを期待している。

 2016年にニューヨークのホロコースト博物館の招待を受けた際のイ・ドンウさんの言葉が、今でも耳に残っている。一緒に旅行した電車の中で、米国にも慰安婦博物館とアーカイブを作らなければならないと説破したその声は、その時挺対委の会長に就いていた私にとって、大きな使命として聞こえた。
しかし、常勤者は1人もおらず全員がボランティアで活動している私たちの団体の力だけでは、はるかに及ばないことだった。ようやく「米国慰安婦運動史」という1冊の本を出すことができ、ドキュメンタリー映画1編を作ることができた。先輩の望みであり、私の課題であるその計画を、後輩活動家たちが成し遂げてくれることを期待するばかりだ。





25:ななしさん
>>1
慰安婦詐欺

28:ななしさん
関係改善なんてなし

30:ななしさん
✕慰安婦博物館
〇売春店舗

89:ななしさん
いつも他国で大騒ぎ

98:ななしさん
自国に建ててろカス

125:ななしさん
秘宝館

181:ななしさん
LAで毎月逮捕される売春婦の9割が韓国人 韓国紙報じる