●中国で「国外脱出」への関心高まる ロックダウン下の上海で移住希望者急増
この頃、中国ではネット上で「潤学」という言葉がはやりはじめ、注目を集めている。
中国語で「潤」は、漢字の通り「潤い、利益」などを意味する。ピンインの発音は「run」になるが、これが英語の「run」と同じなので、昨今は「海外へ脱出する、逃げ出す」という意味を持つようになった。冒頭の「潤学」はこの意味から派生した言葉で、「いつ、どの国へ、どんな手段で」など、海外移住を成功に導く知識とノウハウのことを指す。
中国では今、海外への移住を検討する人が急激に増えている。
中国最大の検索エンジン百度(バイドゥ)や最大手のメッセンジャーアプリ「ウィーチャット」では、3月下旬から、「移民」というキーワードの検索数が爆増したという。例えば、ウィーチャットでの検索数は、4月3日の1日だけで5000万以上となった。単純計算で全人口のうち、約30人に1人が「移民」に関心を持っていることとなる。特に4月3日は、政府がゼロコロナ政策の継続姿勢を明らかにしたこともあり、国民の間で“脱出”への関心が高まったようだ。
とりわけ移民への関心が高まっているのが、上海だ。日本でも報道されていた通り、上海では新型コロナウイルス感染拡大を背景に3月末からロックダウンが行われている。その期間は2カ月を超えた。
常住人口約2600万人を有する上海は、世界有数の国際ビジネス都市である。市政府の都市管理水準が中国国内で最も高いといわれており、異文化にも寛容的だ。ゆえに、国内外から多くの人材が集まり、上海は他の都市と比べものにならないくらい急激な成長を遂げてきた。
コロナ対策においても、当初は中国国内でも「優等生」の都市だった。そんな上海がまさかのロックダウン。筆者も何度か現地の惨状を記事にまとめたが、厳しい規制が敷かれる中、市民の忍耐力は限界にあるといえる。
今回のロックダウンで、上海というブランドは大きく傷ついた。現在の状況に疲れ果て、将来に不安に感じる上海市民が急増している。
筆者は日頃、公私ともに上海と密接な関係があるため、ほぼ毎晩遅くまで仕事先の関係者や友人たちから電話で「愚痴を聞く」生活が続いている。皆、口をそろえて、「こういうことが上海で起こっているのがどうしても信じられない。あり得ない」と言う。中には、「海外へ脱出したい」という人も多い。そして、筆者の周りでは、その行き先として「日本」を希望する人が増えている。
●移住先として日本の人気が急増? その理由とは
筆者の仲の良い友人(40代女性)は2人の子持ちだが、「上の娘を日本に留学させたい」と言ってきたので筆者は驚いた。なぜなら、彼女も彼女の夫もアメリカ国籍の中国人。上海で大きなレストランを経営しており、子どもは将来、アメリカに留学させるのだろうとてっきり思っていたからだ。ところが、彼女は「アメリカは銃社会で怖いし、最近アジア系の人への差別や暴力事件も増えている。一方で、日本は安全で上海にも近い」と言う。
これまで中国人の中で人気の移住先は、アメリカ、カナダ、オーストラリア、イギリスなど英語圏の国に加えて、アジアではシンガポールやマレーシアなどだった。日本はもともと移民の国や英語圏ではないので、人気国リストの上位に入っていなかった。
しかし先日、東京で中国人向けの来日留学や各種ビザ取得のコンサル会社を経営する知人男性、張さん(仮名)から、筆者のもとに上機嫌で連絡があった。「最近、上海を中心に日本へ移住したいとの問い合わせが急増している。昨年に比べて10倍以上に増えた。対応に追われ、うれしい悲鳴だ」という。
その背景について張さんは、最大の要因は中国の厳しいゼロコロナ政策にあるのではないか、と分析する。長らく続くロックダウンに我慢の限界が来たのだ。また、経済の減退を身近に感じるようになり、特に中間層は将来に不安を感じはじめている。
加えて、これまで人気の移住先上位に入っていた国々で、「中国人の移住に関するハードルが上がっている」ことも間接的な要因となっているようだ。
「例えば、シンガポールでは一部の『投資移民』の条件を変更。今年4月から、富裕層向けの移住の際に活用されてきたファミリーオフィスについて、最低投資額を1000万シンガポールドル(約9億円)に引き上げた。また、英語圏の国へ留学や移住支援を行う関係者からは、『イギリスは今年2月から移民の手続きをストップしてしまっている』『オーストラリアは、中国からの今年の移民申請枠はもう定員に達して終了した』という話も聞いている」(張さん)
ただ、他国の受け入れの門戸が狭まったからといって、日本には簡単に来られるのだろうか。ビザ取得のサポートをする張さんは、日本でのビザ取得について以下のように説明する。
「現在、来日のビザは主に1.留学、2.経営・管理、3.高度な人材の3種類に分かれる。今回は問い合わせのほとんどが、2の経営・管理に当たる。つまり、会社を設立することだ。500万円以上の出資金や日本でのオフィス、住居の確保などの条件をそろえれば、ビザは簡単に取れる。
その後きちんとビジネスが成り立って、日本の納税や雇用規定などを順守すれば、ビザの更新ができ、将来的には永住権を得たり帰化したりもできる」
日本でのビジネスが成功するか否かという問題はあるが、資産が豊富な上海在住の中国人にとって来日ビザを取得すること自体は、それほど高いハードルではないといえる。
●日本に行きたがる 中国のエリートたち
「日本にはどうやったら行けるのか」という問い合わせが急増しているのは、こうした専門の会社だけではなさそうだ。
都内で20年以上貿易会社を営む上海出身の友人夫婦は、上海の知り合いから「『経営・管理』のビザを申請したい」「手続きの手伝いをしてほしい」といった依頼が、今年に入って十数件はあったという。そして、そのうちの2組は先日、ロックダウン下の上海から無事に日本に到着したそうだ。
また、東京に住む30代の上海出身男性・馬さん(仮名)は、日本での日常生活や自身の体験などを中国向けに発信しているのだが、上海のロックダウン以降、フォロワーが急増したのだという。「日本に行きたい」「アドバイスが欲しい」といったメッセージが多数寄せられた。
馬さんは、「日本へ行きたい」人が増えていることについて、これまでとは違う傾向があると感じているという。
「これまでも日本を目指す人もいたが、今回は明らかに層が違う。高学歴、超お金持ち、そして教授や医師などのエリートが多くなったと感じ、実に驚いている。しかも、彼らはもうすでに移住の手続きを始めているのだ」(馬さん)
馬さんは、日本は中国と距離的に近いこと、同じアジアの国であり、文化や生活習慣も比較的似ていることなどが移住を希望する理由なのではないかとみている。治安が良いイメージもある。
また張さんと同じく、上海のロックダウンは中国人の心境に大きな変化を与えたとみる。
「ロックダウン中はずっと部屋から出られない。陽性になれば、家族全員がコンテナ隔離施設に送り込まれてしまう。その上、家の鍵を渡せと言われ、勝手に消毒されて家の中はビショビショ……。多くの人がこの現状に希望を失ったと思う」(馬さん)
ただ移住に関しては、適している国は人それぞれという冷静な考え方を持っている。
「日本はいい国だと思うが、これまで僕からは今まで一度も移住先として日本を勧めることはしなかった。なぜなら、完璧な国は世界中どこにもないし、価値観は人はそれぞれ。どの国が自分に適しているのかは、本人にしか分からないからだ。何を大切にしたいか、どんな暮らしをしたいのかはよく考えてほしい」(馬さん)
●ロックダウン下の上海から日本に“脱出”した人も 「やっと人間の世界に戻った」
筆者は、前出の友人夫婦の紹介で、先日来日し都内のホテルで隔離期間を送っている40代の男性、汪さん(仮名)に、上海を脱出し日本の地に着いた経緯や心境を直接聞くことができた。
「成田空港に着いた途端、人間の世界に戻ったと思った!」と話す汪さん。
それもそのはず、ロックダウン下の上海の自宅から浦東空港までの移動中は、人影がほとんど見られなかったという。
「空港に入ってからも、白い防護服を着ているスタッフばかり、お店の扉も全て閉じていて……まるで幽霊の世界のようで寒けがした。機内に搭乗してもCA全員が防護服姿だった。
成田に着くと、働いているスタッフが普通の服を着ていて新鮮だった。自分は白い防護服を見慣れてしまったようだ。成田空港内外のお店では、久しぶりに買い物ができた」(汪さん)
日本で久々に感じた“日常”に安堵したという。同時に、これまでの苦労が走馬灯のように思い出され、思わず涙があふれた。汪さんは、「これからは上海に残った家族と日本で合流することに集中したい」と今後を見据えた。
彼の言葉を聞いて、筆者も一日も早く家族と日本で再会できる日が来るように祈った。一方で、日本社会に定着することにも別の苦難があるだろうとも思った。
長引くロックダウンは、上海に住む多くの人にとってこれからの暮らしを不安にさせる出来事だった。そうした中、少なからぬ人たちにとって、「日本への移住」が選択肢に入り始めたようだ。日本在住の中国人が100万人を超える日も、そう遠くないのかもしれない。
https://news.yahoo.co.jp/articles/ed4e2ee242d81843d89bf0a06a628c4e5fe5d971?page=1

















