bandicam 2022-05-22 16-12-50-6781:ななしさん 2022/12/10(土) 11:01:55.54 I
 1876年の江華島条約締結後、朝鮮は押し寄せる外国勢力の圧力によって急激に崩れた。開港場を通じて朝鮮のコメと金が「輸出」され、銅などの金属をはじめ、朝鮮よりも工業化が進んでいた外国の文物が一気に「輸入」された。朝鮮の世界経済への本格編入、あるいは内需経済から貿易経済への転換という無味乾燥な表現では表せないほど、その過程はあらゆる騙しや小細工、暴力でつづられていた。これを侵奪あるいは収奪と呼ぶのもそのためだ。

 『日本の韓国経済侵略史』は、コメ、金、貨幣という3つのキーワードで、開港期から日本の植民地時代に至るまでの日本の韓国収奪の過程を解説する。
著者によると、開港当時日本にとって朝鮮のコメは最も“おいしい”物資だった。日本のコメに比べてはるかに安かったからだ。朝鮮米を持っていくだけで十分に利を得ることができた。日本の商人の買い占め・売り惜しみが増え、あげくの果てに朝鮮の民は豊作になっても飢えた。貨幣価値を保存する金も収奪品目だった。朝鮮は日本に比べて金の埋蔵量が豊富だが、朝鮮の採掘水準が低く、日本は攻撃的に朝鮮の金を奪うことができた。

 貨幣はこのような収奪をより容易にした媒介だった。当五銭・白銅貨などの朝鮮貨幣はその価値を失い、本来の役割を果たせずにいただけでなく、鋳造に必要な金属や銅は日本から輸入して使っていた。そのため、日本は銅輸入の動向の把握だけでも、朝鮮貨幣の発行計画と量を事前に把握することができた。朝鮮の為替市場は日本の手中にある格好だった。

 経営学者である著者(米国タルサ大学教授)が、祖父の故キム・ジュンボ高麗大学教授(1915~2007)がロシア・英国・日本の文献を基に書いた論文を土台にして書いた本だ。

キム・ギョンラク記者

ハンギョレ 2022-12-10 10:50
http://japan.hani.co.kr/arti/culture/45354.htm




2:ななしさん
いやいやいやいや、「与えた」んじゃん
(;´Д`)

3:ななしさん
キム・ボンクラ記者か

6:ななしさん
被害者ヅラが板についてるな

9:ななしさん
病気ですね

18:ななしさん
雑穀が主食で、日本が寒冷地米を移植するまでロクに米は食べられなかった国

26:ななしさん
>過程はあらゆる騙しや小細工、暴力でつづられていた

具体的に何をどうしたっつうねん

28:ななしさん
>>1
無いものは奪えない

29:ななしさん
こんな国から何を奪ったって?
no title

no title

30:ななしさん
ウソつき乞食、今日もエンジン全開ですな

35:ななしさん
その頃の朝鮮半島で栽培できる米の品種ってあったの?

64:ななしさん
>>1
とっとと在日鮮を全員強制送還しよう!

69:ななしさん
土人朝鮮人って農耕できずに拾い喰いしてたやん

70:ななしさん
>>1
朝鮮人は妄想にすがるしかないのか?

73:ななしさん
また韓国人によって新しい歴史が作られた